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曽根次郎坂・太郎坂の名前は、その昔伊勢・志摩と紀伊の国境であったことに由来し、自領・他領がなまったものといわれています。現在は熊野市と尾鷲市の境を分かち、二木島側の古道沿いには江戸寛保元年(1741年)の猪垣記念碑などが残ります。気軽な歴史ハイクが楽しめます。